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退屈とストロベリー

表記ゆれは感情のあらわれ

諦観による墨汁と保健室

なにかの記事のだれかのブコメで(曖昧すぎてすいません)
「気に入らないクラスメイトには墨汁をかけていた」
というようなのを見て、そうすればよかったんだといま気づいた


喋るのが下手で説明なんてもってのほか、だれになにをされてどう思ったのか・どうしたいのか、
そういうのを言語化するのに向いてなかったから、嫌なことがあっても諦めてた
いま思うとかなりがんばって教室に行ってたと思う


平気な顔で知らんぷりしてればそのときは飽きてくれるんよ
まあ結局その繰り返しなんだけど


なんかそういうある種の諦めのときに
「がんばる」っていう選択肢以外に「墨汁」か「保健室」があったらよかったなー
いまでもそうかも


正しい認識を得るのが遅いと、消化も鈍る
いまさら拳を振り上げたところで、いまさら墨汁を手に持ったところで、相手はもう覚えてなんかないし
自分が無駄なエネルギーを使うだけなんよね
そうなると昇華に繋がるはずもなく
鬱屈鬱屈!